【近代国家批判】人生が楽しくないのは野性をもぎとられたから。去勢されたから。

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福祉国家という悪


キョー@q_ohhhですよ〜。

なんだか現代諸君は「やれ免許」「やれ学校」「やれ資格」と幻想まみれの脳みそを抱えて生きていますね。

いまの日本という大きく完成された福祉国家のなかで「資格」なる幻想にしがみつこうとする魂胆、どうにかしなきゃいけない。

福祉。welfare

これが近代国家の、いちばん大きな大義名分でして、義務教育、年金、医療保険などなど。

生。生きること。

これを充実させるため、各種の仕組みを整えることが近代国家の使命です。近代国家の存在意義です。

それができないなら人間、こんな暴力装置を見ず知らずの他人にあずけるわけがない。

18世紀フランスの思想家、ジャン=ジャック・ルソー(1712~1778)の思想の結実が、この福祉。

福祉国家として、とりわけもっとも完成している国は、私たちの日本でしょうね。

それで日本人よ。

あんまりにも馴らされて、免許がないと何もできないと思ってんじゃないの?

子供の面倒を見るのに、なんでいちいち保育士なんぞと免許、資格が必要なのか、僕にはよくわからんよ。

専門学校なんて卒業までに300万くらい取るんでしょう?

いい商売だね。ほぼ犯罪じゃない?

フツーに考えておかしくない?

なんなの、この資格信仰。

野生を去勢された僕たち

なんかこう、快適な福祉国家とひきかえに僕たちは野生をもぎとられてますよね。

つかもう快適でもなんでもないけれど。

日がな一日転がってる実家のトイプーを見て「こいつは一体なにが楽しいんだろうか」と僕は考えてしまいます。

(かわゆいのは確か)

僕たちのどこがペットと違うのか。

エサと散歩とたまの遠出が楽しみ。

なにをするにも許可が必要。

免許だの資格だのと幻想まみれになっているのが、いまの日本人だ。

そんなんで楽しいのか?

そっちは人間の本来の姿じゃないんだ。

人は本来、自分の力で生きて、力ついえた時には死んでゆく。それが動物だから。

それでも現在、時代は急速に「本来の生き方」の方向にむかっていっていると、僕は考えているわけですね。つまりは脱福祉の方向へ。

年金なんかも終わってるじゃないですか。

つい先日、2月10日ですか。

安倍首相はアメリカのトランプ大統領に、51兆円ものお金を差しだす約束をしました。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)から、この51兆円という、もはや一切実感のわかない莫大な金額を差しだすんですね。

これには、世界中が目をひんむいているでしょう。ただし、それもまた、一過性のニュースとして日本では過ぎてゆく。

日本人の、とくに若者の政治にたいする無関心は、とても興味深い。

もうどうでもいい、と思っているんでしょうね、若い人たちは。

「政治に無関心」を応援する

「政治なんかもうどうでもいい」という感情は、いつのまにか「人間本来のあり方」を希求しはじめた人たちの、そのいちばん最初の噴出だと僕は考えているんです。

だから「政治なんかもうどうでもいい」でいいんだ。

どう思いますか、みなさん。

どうあっても宙に浮いてしまう政治見解は、そのまま宙に浮いてしまった年金、義務教育、各種保険などと同じ、舞台上の幻想になっているのではないか、と。

もうどうでもいいんですよ。この福祉国家がおしつけてくる幻想すべて。

野生をなくして、そんなに楽しいですか?

あなたももう守られるのがもう嫌になってんじゃないの?

守られるのはやめよ。

自分で自分を守ろ。

人生が楽しくないのは、野性をもぎとられて生きてる気がしないから。

そうだろ?

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