三島由紀夫の全てが凝縮。たった13ページの短編「海と夕焼け」

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三島の正真正銘の代表作は「海と夕焼け」だ

哲学者のきょうさん@q_ohhhですよ。

三島由紀夫。

代表作は、一般に「金閣寺」や「豊饒の海4巻」と、いわれていますね。

でもこんな分厚いページ、三島の、あの独特な文体でいつまでも読めるものではなし。

疲れますよ。

私がもっとも没入した作品は「海と夕焼け」です。

新潮文庫でいえば、短編集「花ざかりの森・憂国」に収録されています。

三島自身があとがきで「私の一生の主題を凝縮して示そうとしたものだ」と言及している。

「花ざかりの森・憂国」あとがきp285より引用

『海と夕焼け』は、奇跡の到来を信じながらそれが来なかったという不思議、いや、奇跡自体よりもさらにふしぎな不思議という主題を、凝縮して示そうと思ったものである。

この主題はおそらく私の一生を貫く主題になるものだ。

よく知られているように、1970年、三島は、自衛隊の市ヶ谷駐屯地で割腹して果てた。

まだ45歳の頃です。

アタマがスバ抜けていい人だから戦略があったはずで、三島によって今後100年、200年の日本文化は守られたんです。

三島の割腹は、そうとうに戦略的な行動だと私は考えています。

日本文化におけるイエス・キリストの役割を三島は担ったんです。

食やお金のような消化すれば忘れられる需要でなく、100年、200年スパンの需要として三島は自分を使ったんです。

この欧米文化の強い時代、日本文化はついに消えないでしょう。

三島が人々の記憶に刻印したんですよ。

三島は象徴、シンボルになったんです。

人間がどうしても抱える「奇跡自体よりもさらにふしぎな不思議という主題」を担ったんですよ。

「奇跡自体よりもさらにふしぎな不思議という主題」は、僕は存在のことだと考えています。

なんで生まれてきたのか?という事。

三島は、常に存在の不思議を描いてるんですね。

でも結局、「なんで?」の先には、ただただ、あるがままの現実を生きるだけ。

触れ得るこの現実が全て。

三島は、肉体を愛するようになります。

ボディビルやったりね。

三島の作品は、そこかしこに、肉体への執着が見てとれます。

だって、観念のなかに答えはないのだから。
なんで僕がこんなことを言っているかといえば、8/24。よく晴れた夕刻。

もう晩夏と呼べる季節。

僕は夕刻のベンチに座っていて、草原に散らばる夕日の照り映えが眩しかったんです。

しばらく放心状態で。

あくせくした日常から、全然離れたところにいました。

なにも考えていませんでした。

(もう夕日の照り映えが終わったあと)

日常や自意識から離れると、残るのはただこの世界の不思議だけ。

不思議のうちに、照りはえる夕日の美しさ。

美しさって、ときに恐くないですか?

美しすぎて恐ろしい、ということがある。

それでふと気づいたんです。

「海と夕焼け」と同じだな、と。

「海と夕焼け」の背景

「海と夕焼け」は、鎌倉時代の晩夏が舞台です。

主人公の老僧・安里(アンリ)。彼の生涯が描かれます。

海辺で夕焼けを眺める安里。

「海と夕焼け」。

鎌倉時代が舞台といいましたが、正確には1272年です。

1272年といえば、ユーラシア大陸で世界大戦が起こっていた頃。

その余波を「元寇」というかたちで受けた日本。

いまも博多にはモンゴル軍を迎え撃つための石塁が残っています。

ユーラシア大陸のど真ん中で、モンゴル軍とイスラム帝国(エジプトのマムルーク朝が強かった)、あとはチョロチョロとキリスト教の十字軍が入ってきていました。

これが入り乱れての大戦争。

当時のバグダッド、現代でいえばニューヨーク、あるいはロンドンにあたります。

バグダッド、攻め落とされて廃墟になったんです。とんでもない乱世です。

世界戦争がはじまる前、というのはチンギス・ハン即位が1206年ですから。

ここからユーラシアの中央地帯を奪ったところでチンギス・ハンは死にます。

本格的な世界戦争は、1258年の世界都市バグダッドの陥落からはじまるんですね。

「海と夕焼け」の主人公・安里(アンリ)。

日本で暮らすフランス人です。もう年老いた寺男。

彼は激動の時代を、世界の中心から外れながら生きました。

戦争は、彼にはまったく関係なかったんです。

当時のフランスは、中世の産業革命を経て、高度成長期のあとくらいですね。

キリスト教の最高神学者・トマス・アクイナスが現れたのもこの時代。

そんな、経済も政治も神学も大変動を起こした時代に、安里は背をむけて仏道のみを目指してきました。

十代の頃の激しい体験を、ずっと背負っていたんです。

十代の頃が人間を規定する

ネタバレになるんで詳細は書きませんが、安里は十代の頃の激しい体験を背負ってるんです。

十代の頃の世界観って、いつまでもその後の人生を規定しませんか?

ことに感受性の激しい子であればあるほど、自分の悩み、苦しみを世界で唯一の特殊な事態だと思いがちで。

僕も十代の頃は、感情の動きがとんでもなく激しかったです。

このブログのプロフィールにも書いてますが、家出、旅、誰もが寝静まった深夜に詩作に没入したり。

あの頃の苦しみは、表現しようにも表現できない。

僕の場合は、文学や哲学に傾倒することで、あの嵐の時期を堪え忍ぶことができました。

それをいまも引きずっていて、このブログも哲学ブログとして発信しています。

その苦しみも思い出もすべて、海と夕焼けのなかに溶けてゆく。

年老いた安里は、岬にたたずんでいます。

迫る夕闇、山の麓から梵鐘の響きが、海も夕焼けも長い年月もすべてを溶かしていく。

この安里の時代から、僕はおよそ750年後の21世紀を生きていますが、人間の不思議は変わらない。

生きることの不思議が、こんな晩夏の夕暮れに突如あらわれて、「美しさ」という奇怪な姿をとったまま消えない。

考えても考えても、最後に残るのは夕焼けだけ

「奇跡自体よりもさらにふしぎな不思議という主題」とは、あなたのことなんです。

そして、「あなたは何者なのか?」と尋ねても、理屈にまみれた意味論に終始するだけ。

結局、夕焼けがこたえを奪って、意味もコトバもなくなるまで待つしかない。

世界には、あまりにも眩い夕焼けが残るだけ。

奇怪なほどに美しい世界。

このどストレートな美しさが、人間の最大の不思議。

意味は終わった。でも、まちがいなく存在している美という不思議

三島は、この主題を軸に最後の著作「豊饒の海4巻」の執筆にむかいます。

第3巻の「暁の寺」は、この主題を理屈で追いかけます。

大乗仏教の「唯識論」を用いて、「奇跡自体よりもさらにふしぎな不思議という主題」に迫るんですね。

世界や存在を解体していったら、最後になにが残るのか?を唯識論で追いかけます。

唯識論は、古代ギリシャのロゴス論と似ています。

それでもやはり、仏教理論の理屈はどこまでいっても理屈。

きわめて絵画的に描かれた「海と夕焼け」の方が「奇跡自体よりもさらにふしぎな不思議」を描写してあまりない、と僕は感じています。

絵画であり音楽でもある。

これはやはり小説にしか表現できないことで。

なので僕は「海と夕焼け」をベスト・オブ・三島としてあげたいと思います。

「あなたという存在は、どこにありますか?」

「海と夕焼け」は、そのことを問うているんですよ。

あまりにも美しすぎる夕焼けが、そのまま答えであり、不思議さは募るばかり。