目次
古代ギリシャ思想。まずは2つの流派をおさえよう
きょうさん@q_ohhhですよ。
哲学や思想って、まずコトバの概念がわからんでしょう。
「哲学ってなに?気のきいた事いってりゃ哲学なの?」って。
ほわっとしたまま意味不明。
それもそのはず、彼ら、日本にまだ輸入されてないんです。
訳者が、自分も意味不明なままに訳した、くそムズカシイ岩波文庫ばかり。
あとは、ライトにしすぎてスピチュアル・自己啓発にむかってるやつ。
で、私ら結局「わかったような?わからんような?」って感じで、哲学・思想を棚上げにしている構図。
そんな現状は打開したいですね!
さて、今日は古代ギリシャ思想の話。
正確には、エーゲ海をはさんで両岸の、西のギリシャ、東のトルコ・アナトリア半島にて哲学は発生しました。
関連記事→知ってるかい?「哲学」は「お金」を設計するために生まれたんだよ。
古代ギリシャ思想は、大きく分けて2つの流派に分かれます。
自然派と人工派。
日本人がわかりやすいのは自然派の方ですね。
ニーチェも自然派。
ニーチェ本多いですもんね、日本。
シンパシー感じるものが、ニーチェにはあるんかな。
一方の人工派の方は、のちに神Godの設計図をつくったほどだから、私たち日本人には縁がない。
人工派の思想が、ユダヤ教と合流して、キリスト教になりました。
ところで私は古代ギリシャの研究家、フリードリッヒ・ニーチェに強く影響をうけているんで、物の見方としてもニーチェ寄りになります。
思いっきり自然派側の立場をとります。
人工派、つまり後にキリスト教に続く流れを否定する立場です。
人間を鬱病にするからですよ、人工派もキリスト教も。
精神病患者。
社会という枠の中で、精神疾患かかえた人間が、現代日本にはあまりにも多すぎる。
あなたはどうですか?
私は、この人工派の思想が大嫌いだね。
現代日本は、こいつらにやられちまってるよ。
以下が、ざっとした構図。
◯自然派の代表
アナクシマンドロス
ヘラクレイトス
デモクリトス
◯人工派の代表
ピュタゴラス
パルメニデス
ソクラテス
プラトン
※
アリストテレスは、これら諸々の思想を体系化した人物です。
なので、私はどちらにも入れませんでした。
ニーチェがソクラテスを嫌いな理由
さてさて。
どうして私がこんな記事をあげたかといえば、きっかけは友人のささいな一言。
「人間、満月になると性欲増すのは本当みたい」
ほう?
早う満月こいやー!
という話は置いといて「人間も自然の一部だなあ」と思ったしだい。
まあでも実際、「人間も自然の一部だ」と、それを否定する人もあまりいないでしょう。
私たち自身、実感でわかっている話だ。
コンビニやマックばかり食べているより、麦ご飯と味噌汁の方が体も軽くなる。
現代日本人は、少しずつ自然志向に戻っていっている感がありますね。
三種の神器とかいって1960年代にはテクノロジーへの幻想があって、冷蔵庫も洗濯機もテレビも。
けれど今はもう、それら日常に埋もれていますし。
テクノロジーによる生活はインターネットでさらに発展、2017年の現代はもう仮想通貨ですか。
それら開発された道具たちをあたりまえに使ってますが、心が満たされることがない。
うつ病の人間もいる、自殺する人間もいる、東京から離れる人もいる。
生き方の模索のなかで、だんだんと自然に目を向けはじめた日本人。
私たちの時代は、これまでの300年が終わっていく時代で。
人間中心の時代がこの300年。
自然はおいてけぼりにされてきた。
『進歩の観念idea of progress』(という思想用語がある)という明るい発想。
しかし、その裏に激しい残虐性を秘めた思想が、終わりつつある。
『進歩の観念idea of progress』については、西洋思想大事典をどうぞ。
近所の図書館にいけば、ほぼ置いてあります。
(↓が西洋思想大事典。画像は、平凡社公式ホームページより引用。)
『進歩の観念idea of progress』は、人間中心の考えです。
人間中心というより、人工物の礼賛。
自然の否定にいきつく。
極めてアポロン的。ソクラテス・プラトン的。
これ、人間にムリさせるんですよ。
家族や未来を担保にとられて青息吐息のサラリーマンも、大きくはソクラテス・プラトン思想の中にいる。
進歩の観念、人工的な明るい未来。
擦り散らかされた日本円。いっこうに回復しない景気。
これ全部、ソクラテス・プラトン思想のたまものです。
「イデア論」というんです。
イデア論とは、ないはずのものをある、とする詐欺思想です。
でも、これで世の中動いちゃってるんだよね。
イデア論は、現代では、金融政策においてやたら使われます。
アベノミクスの強引さは、イデア論にさかのぼるんですよ。
話を戻すと、だからニーチェは、ムリヤリでしかないソクラテス・プラトンが嫌いなんです。
進歩の観念が嫌いなんです。
『進歩の観念idea of progress』は、100年以上前から壊れはじめている。
100年経って、老朽化も極まったんです。
ニーチェやヴォルテールが正しかった。
キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』 (講談社+α新書)
トランプ大統領の誕生も、そういった世界潮流と重なるんですね。
ヒラリー勢力のグローバリズムという、なにやら明るい印象を与える言葉は、それこそ『進歩の観念idea of progress』の極みですが、「いや、ウソやん(笑)」と。
「ただの世界支配主義だ!」とアメリカ民衆は、理解したんです。
だからトランプを大統領に選んだんです。
私は副島学派なので、トランプ支持者です。
女性のムリやりなフェミニズムも終わりつつあるんですよ。
フェミニズムというのは、苛烈なイギリス・ヴィクトリア倫理にたいする反撃でしょう、きっと。
極端が極端を呼ぶ構図。
アメリカの新しい女性像がこちら。
新しいというか、家事や妻であることに誇りを持っているのが、現代アメリカ女性。
過激フェミニストは、この誇りを否定しますから。
ブログという情報発信が、誇りある女性たちの時代を連れてきた。
発信することで自分が社会に受けいられる。
こんな嬉しいことはない。
これまでどうでもいい、当たり前のことと見なされていた家事が、情報発信することで誰かの役に立つようになった。
マネタイズもできますからね。
フェミニズムは自然な形でここに落ち着くでしょう。
さよなら。エリートウーマン。
さよなら。ヒラリー・ロッダム・クリントン。
私たち日本人も「なんだか現代はおかしいなあ」と、肌で気づいている。
ただし、そこで思考停止して前に進めない。
肌で気づいても日常のスピードに飲みこまれたままで。
日本人はこんなにも幻想にまみれてしまった。
現代日本人の就職、学歴への固執ってキリスト教的なんですよ。知ってました?
恋愛もそう。
すべて自分を縛り付ける方向にもっていくんですね。
戦後にやってきたキリスト教的価値観に束縛されてるんですよ。
ぜんぶ幻想なんですがね。
人間の幻想を神に据えるのだということ。
このことを思想上、確定させたのがイマヌエル・カント。
関連記事▶︎日本一わかりやすい『純粋理性批判』【超訳】
キリスト教もカントも、人工的な幻想を私たちに押しつけてきているだけ。
バカバカしいといえばそれまでで、日本人も少しずつ自然を取り戻そうとしている。
日本人を苦しめる幻想たち。それらの源流は古代ギリシャにある。
キリスト教やカント。
あるいは『進歩の観念idea of progress』。
この発想、古代からあって、というと紀元前です。
いまからもう2500ほど昔。
さっきも触れたけど、アテネのソクラテス、プラトン。
こやつらが光り輝く世界を描いた。人工的な幻想を描いた。
もっとさかのぼれば数学のピュタゴラス、さらにパルメニデスというのがいる。
どうやらパルメニデスから、すべてが始まっている。
パルメニデスという、このバカたれがGodをつくったといっていい。
Godやロゴスといって。ないものを勝手に「ある」といいはじめた。
進歩の観念idea of progress。最果ての光り輝くGod。
大事なことなので、もう一度いいますが、パルメニデスがGodをつくったんです。
これはウルトラ級に重要な事実ですよ!
ロゴスというギリシャ語があって、これが「理性」とか「言葉」とか訳されているけれど、つまるところ「人間の幻想」という意味の言葉です。
ロゴスが「人間の幻想」という意味になったのは、前述のパルメニデスのあとなんですね。
それまではロゴスにそんなカルトじみた意味などなくて、「大いなる自然のサイクル」とでも呼べばいいくらいの意味だったんです。
パルメニデス(人工派)vsヘラクレイトス(自然派)
パルメニデスは、「大いなる自然のサイクル」を殺したんです。
「大いなる自然のサイクル」こそがヘラクレイトスの思想。
有名なプラトン・ソクラテスの前に、パルメニデスvsヘラクレイトスの思想闘争があったんだと覚えておいたほうがいいでしょう。
勝利したのはパルメニデス。
自然が殺されて人間が勝利した。
パルメニデスが強かったのは、数学の発見があったからです。
数学という、高度に抽象的な事象。
抽象的だというのは、だってみなさん。
「1」や「2」なんてこの世にないんですよ。
自然界のどこを探せば「1」や「2」が落ちてますか?
ないですよね。
「1」は人間がつくった記号なんです。
人間の幻想力がつくりあげたコトバです。
だからパルメニデスが勝利したということは、「1」や「2」といったコトバが、あるがままの自然、事実に打ち勝ったということなんです。
コトバが勝利した。
この時、世界は幻想化したんです。
アベノミクスに懲りた投資家の方なら、このことは身をもって実感できるはず。
人間が事実を超えてゆく。
人間だけが永遠に近づくことができる。
どうですか?カルトっぽいですよね。
数学を宗教にまで高めたのがピュタゴラス。
哲学と訳されたphilosophy。
philoが愛するでsophyが知識。
「知を愛する者」の意味の「philosophy」を名乗ったのはピュタゴラスが最初なんですね。
「西洋人名辞典」(岩波書店)に書いてあります。
あ、ちなみに私はphilosophical bratで、「哲学するクソガキ」を名乗ってます。
このブログのタイトルは「哲ガキ」。
だからピュタゴラス・パルメニデスの数学宗教が、自然を殺したんですね。
数学を駆使できる人間こそ、永遠に近いんだといって。
自然派のヘラクレイトスは、ここで殺されたんですよ。
もう人間の数学能力、幻想能力が、自然を超えてしまった。
同時にロゴスlogosというコトバに変容が起こります。
「大いなる自然のサイクル」とでも呼ぶべきだったロゴスが、「人間の幻想能力」という意味にとってかわります。
そして、殺された自然派のヘラクレイトスを愛したのが、ニーチェだったというわけです。
だからニーチェは、「大いなる自然のサイクル」と呼ばれていた、古き良きロゴスを取り返そうとしたんですよ。
そして思想闘争の途中で発狂しました。
壊れたんです。
「ロゴス Logos 」ってなんですか!
2016年の初頭、私が書いた「ロゴス」に関する文章を書き直してここに載せておきます。
絶対誰もわかってないですよ、ロゴスの意味。
日本初輸入です。
ロゴス logosは、日本語では一般に『言葉』あるいは『理性』と訳されます。
あとは新約聖書・ヨハネ福音書の冒頭は「はじめにロゴスあり」。
うん…。
もうまったく意味不明。なんのこっちゃや!
ロゴス logosの定義は『Oxford Dictionarys』によると
「神学:神という言葉。神の述べた言葉。神がなぜ存在しているのかの前提となる疑問の余地のない真理。神が世界を創出し、それがなぜ秩序だと言えるのかという疑問の余地のない真理。「ヨハネ福音書」に述べられている三位一体の中の二番目の人、つまり神の子そしてそれは、イエスキリストとして受肉、顕現した」(訳者・鴨川光)
さて、この定義を読んで、「あーそっか。そういうことか」と、ストンと納得できる方はおられるだろうか。
少なくとも私は、ますます意味がわからなくなりますね。
上記の定義は、ロゴスを疑問の余地ない真理だというけれど、私にはむしろ疑問しかわきません。
どれだけものすごい真理なんだと思うけれど、その肝心の真理の中身が伝わってこない。
ロゴスの語源を見てみましょう。
ロゴスの語源はレゲインlegain、収集するという意味のギリシャ語の動詞。
以下は、哲学辞典(平凡社 1971年)の記述。
「ギリシア語の動詞 legein の語根 leg- が「集める」を意味することはラテン語 legere、colligere、deligere、eligere からもあきらかであるが、集めることには当然、順序と反復、さらに評価がともなうのでいろいろな意味がこの動詞からでてくることになった。
「集める」のほかに「数える」、「枚挙する」 kata-legein、「語る」など。その名詞であるロゴスの意味も動詞のこれらの意味に応じて収集、計算、目録すなわちカタログ katalogos、言葉、説明などの意味をもっていたためギリシア精神が合理化の道をたどるにつれてロゴスという単語は重要な役をになっていく」
つまりロゴス logosは
- 『集めること』
- 『整理すること』
- 『カタログ、再統合すること』
さらに「ギリシア精神が合理化の道をたどるにつれてロゴスという単語は重要な役をになっていく」との記述があります。
つまりロゴス logosは、時代ごとに意味を変えてきたということなんですね。
ロゴスの変容については、マルティン・ハイデッガー(1889~1976)も、その著書『存在と時間 sein und zeit』(1927年)の序論、第2章第7節B93で言及してあります。
だから時代ごとに異なるロゴスの定義を短い文章に収めたって、なにも伝わってこないです。わけわかりません。
『言葉』だとか『理性』だとかいったってねえ。
とくにキリスト教および古代ギリシャ思想に精通しない日本人には、さっぱり。
だから、ロゴスの変容を追いかけましょう。
そうすればロゴスのなんたるかが、私たち日本人の脳内にもありありと浮かんでくる。
素朴な言葉だった『レゲインlegein:収集する』は、ギリシャ思想に編入された際に『生きて死ぬこと』という意味として現れました。
生きて死んでゆくことの様々な容態を、収集し、再統合する自然界の法則のことをロゴスと呼ぶようになりました。
『生きて死ぬこと』。
たったそれだけの単純なことだけれど、この単純な自然の理(ことわり)について深く考えをめぐらせたのが、古代ギリシャ人なんですね。
人間も自然も、生きて死んでゆく。
この法則のことをロゴスといった。
このような意味合いでロゴスを使いはじめたのは、古代のヘラクレイトス(紀元前500年頃)です。
近代ドイツのフリードリッヒ・ニーチェ(1844~1900)が愛したのが、ヘラクレイトス。
ニーチェの諸作品は、ヘラクレイトスを中心とする古代ギリシャ思想vsユダヤ・キリスト教で成り立っているんですよ。
それだけ単純化していい。
『悲劇の誕生』(フリードリッヒ・ニーチェ著 塩屋竹男訳 ちくま学芸文庫 1993年)に収録されてある『ギリシャ悲劇時代における哲学』が、いい資料です。
変容してゆくロゴスのあらましが描かれてあります。
人間を包む大きな自然としてのロゴスから、人間の思惟のみをロゴスと呼ぶようになった。そのあらましです。
ロゴスの意味は変わりました。
「大いなる自然のサイクル」としてのロゴスに変容が訪れます。
それは『生きて死ぬこと』の、『死』を嫌った人間たちによって成し遂げられたんです。
彼らは、永遠に変わらない、永遠の『生』があるはずだと主張しました。
永遠の『生』。後のGodのことです。
永遠の生。それはGod以前、幾何学の公式でした。
直角三角形の斜辺の2乗は、残り2辺の2乗を足したもの。
cの2乗=aの2乗+bの2乗。
有名なピュタゴラスの定理ですね。
この公式は、死にはしない。
永遠の生です。
このような公式は、触ったり食べたりできるものではない。
純粋に、人間の思考能力によって導き出されたものです。
感性を排除したこの『純粋な思考』が、やがてロゴスの意味するところとなりました。
だからピュタゴラスこそ、永遠の生の希求者だったんです。
ピュタゴラス(紀元前570〜紀元前495)がいて、パルメニデス(紀元前500年頃、あるいは紀元前475年頃)がいます。
パルメニデスは、存在論 ontologyを確立した。
存在論というのが「1」や「2」はあるとしたんです。
自然を超えた「1」や「2」が本当の世界だと主張したんです。
人間の幻想能力を神格化した。
そして神格化された存在論が、プラトン(紀元前427~紀元前347)のイデア論に正統性を与える。
これが、そのままキリスト教のGodへと変貌してゆくんです。
ところでGodはまだ死んでないですよ。
社会Societyというものに形を変えて、ここ日本にも上陸しています。
サン・シモンという思想家が、社会Societyをつくったんです。
フランス革命の後の話。
これが日本にも上陸して「社会人」だとかいって日本人をむしばんでるんですよ。
関連記事→【社会不適合者に告ぐ】「社会」はカルト宗教。馴染めなくて当然。
この路線は、ヘラクレイトスとは別路線です。
ヘラクレイトスは封印されたんです。
ニーチェの理想としたヘラクレイトスは、現代も歴史に葬られたまま、いまだに復活はない。
私たちの実生活は、人工派のまま。
人工派の流れに詳しいのは、
◯『西洋思想大事典 第2巻』(平凡社 1990年)の項目『合理性(ギリシアとローマにおける)』
あとは英語を読める方ならば
◯『スタンフォード エンサイクロペディア オブ フィロソフィー Stanford Encyclopedia of Philosophy』の項目『logos』です。
前者は図書館にありますし、後者はウェブ検索で出てきますよ。
- 『レゲインlegein:収集する』
→『ロゴスlogos:生きて死んでゆくという自然の法則』
→『ロゴスlogos:純粋な思考、永遠の生』
→『ロゴスlogos:Godおよびイエス・キリスト』
以上がロゴスの変容ですね。
「愛」がどうのこうのいう現代人も、ちょっとは考えた方がいいんでは。
愛なんてないんだから。ただのコトバ。
勝手に「ある」ことにしちゃダメだ。
それは人工の存在論なんですよ。
甘い幻想の世界。ほぼ麻薬。
そこらの恋人たちよ。
ムリなこと言いあってお互いに削りあって何してるんですか?
恋愛の名のもとに、苛烈な倫理をおしつける構図。
これはフランスのジャン・ジャック・ルソーがつくったんです。
愛ばかり歌う家畜たちのJPOP。
これが現代版の、パルメニデス・ピュタゴラス・プラトン・ソクラテス主義者たちですね。
早く幻想から醒めようよ。
もうその時代は終わりですよ。
哲学的まとめ
◯自然派の代表
アナクシマンドロス
ヘラクレイトス
デモクリトス
◯人工派の代表
ピュタゴラス
パルメニデス
ソクラテス
プラトン
特にこの太字の二人が大事だということ。
ね?
日本には「哲学」が輸入されてないでしょ?
使い古されたコトバのくせにフロンティア。
なかなかない現象。
「哲学は、なんで、どうして生まれてきたの?」
そのことを下に載せときます。
哲学の誕生秘話、2500年前の古代ギリシャの思想家たちを追いかけた、僕の哲学文章の集大成です。
あるいは、今回の文章のエピソード0のような位置づけになるのかな。
引用・参考文献も巻末に書いてます。
目次
1・哲学はなんでアテネで生まれた?
2・「銀」が「銀貨」になるまで
3・ギリシャ人にとっての銀
4・人々がマネーでバランスを取り合う=『正義justice』
5・最高の独裁者・ペイシストラトス
6・ピタゴラスの早すぎた反逆
7・アテネが壊れていく中で、哲学は妄想チックになってゆく
8・ロゴスってなんですか?
9・ソクラテスとプラトンの詐欺国家
10・イデア論〜僕らの時代の念仏〜
11・予定調和という破壊思想
12・僕らは、ソクラテスに支配されている