きょうさん@q_ohhhです。
僕ね、あんま「楽しい」ってわかんないんだ。
いきなり歪んだこと言ってるが、「遊ぼう!」って言われても「じゃあ酒か〜」にしかなんないんだよね。
酒に関しては、社会人なみんなは、だいたいそうなのかな?
でもそれって良くないよね。
ようは「趣味がない」って置き換えることもできるんだろうけど。
僕が最近思うのは、遊びはビジネスに関しても重要だということ。
「遊びがうまい人=仕事・スポーツなんでも上手い論」をきちんと言語化したい。これガチっすよ。
「遊ぶ=飲む」に繋がりやすいんだけど、そうじゃなくて自信に繋がる遊びやクリエイティブな遊びですよ。その人の雰囲気が形作れられていくイメージ。
常にChill状態にいるみたいな。上手く言えないけど
— るってぃ/プロ無職 (@rutty07z) March 23, 2018
ダンスって本当に面白くて、一生懸命練習だけしてるやつより、遊びが上手い人の方がバトル強かったりする。
スキルを100点磨きまくった童貞より、スキルは60点だけど女遊びとか上手いやつの方が良いダンスしてたりする。
フリーランスやってて感じるけど、これビジネスでも同じじゃね?
— るってぃ/プロ無職 (@rutty07z) November 4, 2017
遊びを全力で楽しんでる人には負けてるわ、俺。
ダーツ、釣り、DIY、音楽、どれだってほんとは楽しいはずで、にもかかわらず、全て「意味ない」のひとことで背をむけていた僕。
よくないね。
これからは「遊び」を見つけようと思う。
いやほんとに、仕事において重要なスキルだよコレ。
楽しいことを炙りだしたら、シェア系ばっかだった
それで炙りだした楽しいこと。
気づいたらシェア系ばっか。
カーシェアだったり、ルームシェアは、僕いまやってるけど、あとはシェア畑なんていうのもある。
シェア系がいい。
雰囲気が明るい。
コレも「なんでなん?」って感じなんだけれど。
答えはコミュニケーションだね。
それも閉じた関係でなく、常に新しい風が入れ替わる、軽くも心地よいコミュニケーション。
ここには、現代ならではの重要な時代意識が隠されているとも僕は思うわけ。
「シェア」が、連帯失われたこの時代に、新しいコミュニケーションを産んでる。
連帯が失われた状態を、社会学者の小室直樹は急性(アキュート)アノミーと呼んだわけだ。
そして小室氏は「急性(アキュート)アノミーこそ、経済、政治、その他の問題の中でも最上位の難題なんだ、現代日本人にとって!」と主張。
小室直樹は、今でも「天才」の呼び声高い学者。
2010年に亡くなりました。
小室直樹って学者が、日本人のコミュニティの変遷を指摘してて
1・村
からの
2・会社
だと。でも会社は帰属先として崩壊。
昔は会社だって家族ぐるみで運動会やってたみたいだが。3・シェアリング
これはもう主流になってるよね。— きょうさん@哲学ブロガー (@q_ohhh) March 22, 2018
亡くなった小室博士に伝えたい。
いま日本にはアノミー吸収の風が吹きはじめていて、それはシェアリング・エコノミーという奴なんだ。
大事なのは金の流れ
そう。シェアリングはエコノミー。
お金の流れがないと長続きしない。
廃れる。
みんな鬱になる。
きちんとしたお金の流れがないとだめだ。
上記ツイートでも触れているが、
- 1・ムラ
- 2・会社
コレが歴史的に、日本人のコミュニティの現場だったんだね。
戦前まではムラ。
戦争に負けてからは会社。
いずれも、日本が世界に大発展した原動力だった。
ムラって僕らが思う以上に、生活の一部だったんだろう。
人ひとりの経済の、大きな部分を占めていたんだろう。
おすそわけ文化。
無形資産という奴。
友達が中野坂上で居酒屋やっとんやが、オニギリもろーた。
おかかのオニギリオレ好きなんよ。 pic.twitter.com/z4GRMiocsl
— きょうさん@哲学ブロガー (@q_ohhh) March 22, 2018
ご近所づきあいでオニギリもらうこと。
無形資産。— きょうさん@哲学ブロガー (@q_ohhh) March 22, 2018
オニギリもらって気づくこともある。
「ムラ」は、経済だったんだ。
あとは会社は、いわずもがな経済だね。
ムラも会社も、コミュニティであり経済であり、僕らが思う以上に小宇宙だった。
世界はそこで完結していた。
だから今でも、その名残消えない会社が、小宇宙的コミュニティ時代のコミュニケーションを若者に押しつけて、それで「ブラック企業」だなんていわれてるんだよね。
仮想通貨が「シェア」「遊び」に価値を紐づけするだろう
シェアリングって、いまあんまり金にならないはず。
カーシェアリングは成り立ってるけど、アレは大資本がやってるから。
「個人がシェアしあう」というより、レンタカーの別形態だから。
いまシェアっていっても、大資本のシステムがないと管理が超めんどくせーでしょ。
ただ仮想通貨で紐づければ、あなたの持ってるもの、たとえば眠ってる服だって、所有権つけて貸し出せるし、評判落ちるのイヤな借り手はキレイに使ってくれる。
すべての情報を保存するのがブロックチェーン。
だから仮想通貨は、いままだ眠る潜在的な価値を呼び起こすんだね。
大資本を必要とせず、おおざっぱではなく、ムリやりでもなく、世界中の価値をめざめさせる。
仮想通貨もまーだ黎明期で、どれが生き残るのかなんて定かじゃないけれども。
この波は終わらないよね。
仮想通貨が眠った価値に値段をつけてくれる。
シェアリングが花開き、一所懸命(古い日本人はコレが大好き)よりも、遊びが価値になり、あらゆるモノ、コトが貨幣化され、生活のリスクヘッジにもなる。
そしてお金のみならず、急性(アキュート)アノミーの解決にもなる。
遊び最高。
遊びの研究しようかいな。
今のうちから遊びつくそう
だから、遊びを追求しよう。
楽しいことを突き詰める人間は、コミュニティにもめぐまれ、さらに経済的にも豊かになるというスパイラルが、いまもう始まっている。
ムラ、会社、の次を担うシェアリング。
完全に主役になるのは東京オリンピックのあとかなー、アメリカ・日本の株価が終了したあとかなーって感じだけれど、まあほんの数年だね。
1年なんて早いから、さっさと準備しとこう=遊ぼうと決心したきょうさんでした。
春だなーと。
「最近、一年過ぎるのはえー」って毎年言ってるような。大人になるほどそう思うっていうけど、科学的に説明してるサイトなんかもあるけど、
何より、1年にたいする「もっとやれたはずだ」て気持ちがそう思わせるのかと、ふと思ったり。 pic.twitter.com/Z5es0GtbDv
— きょうさん@哲学ブロガー (@q_ohhh) March 26, 2018